完全なる過去


 こんなに素晴らしいものに囲まれているのに、わたしは何を恐れているのだろう。なぜ刀から手を離せず、緊張のあまり握りしめた拳を自分で解く事もできなくなっているのだろう。
 固く閉じて、自身を縛り付けておかないと、バラバラになってしまいそうで恐ろしいのだ。でもなぜこうまで? 皆今日にも死にそうになったりせず、道を歩いているではないか。
 おそらくこれは、卑しいナルシシズムなのだ。単に幼児的なのだ。自身についてもそれ以外についても、醜いものが許せないのだ。だから自信が追いつかないのだ。
 多分、きっと、単に馬鹿にしてくれる人が欲しいのだろう。馬鹿にされることを許せる人が、むしろそれが喜びとなる人が。わたしが卑小であることが、それ自体価値となる関係が。「かわいい」と言われることが。
 あまりにも基本的すぎて、気付く人もいないような事柄について、決定的に学習経験が欠けている。過去の不足というよりはむしろ、過去の欠如に対する諦念の不足。
 誰にも完全な過去などないのだ。